読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

漫画原作者 鍋島雅治 公式ブログ

「築地魚河岸三代目」「検事鬼島平八郎」「火災調査官 紅蓮次郎」など映画化、ドラマ化作品多数ある漫画原作者 作家のブログです。漫画、映画、日々のことなど語ります。

イベントについては詳しくはこちら。

風立ちぬ」はジブリ作品の中でも最も「よく分からない」と言われる作品で多くの謎があります。

しかしそれ意外のジブリ作品にも実に多くの謎があります。
例えば、木原浩勝先生(元ジブリ制作進行・デスク)の担当した作品「風の谷のナウシカとなりのトトロ天空の城ラピュタ魔女の宅急便」にもナウシカのラストシーンには、どういう意味があったのか?

魔女の宅急便」でなぜ魔女は旅立たなければならないのか?
キキはなぜ魔力を途中で無くすのか?
ラピュタとは何の暗喩なのか?なぜ滅びたのか?トトロとは何か?なぜ少女たちにしか見えないのか?

木原先生担当ではない、他の作品でも
もののけ姫」の「タタラ場」とは何か?
千と千尋の神隠し」の湯屋とは何なのか?

そしてナニより宮崎駿とはどういうクリエイターでどういう人物なのか?

皆さんの代表としてジブリファンのボクと、実際に制作に携わり、宮崎監督を側でよく知る木原先生と、くわえて会場の皆さんで、それらの謎を解き明かしてみたいなぁと、ボクは一方的に(笑)考えています。

さぁ果たして木原先生がそれに答えて下さるか?
数々の謎がどこまで明かされるのか楽しみにしています。

これは木原先生には承諾を受けていない、ボクの一方的な願望と悪巧みです。ぐふっふふふっ。

今回も、打ち合わせなしのガチバトルです。
どうなるか責任はまったく持てません。
そして、その謎は、イベント会場オンリー、門外不出。口外禁止。来た人にしか知るよしはありません

みなさん、どうかお楽しみに!

鍋島 雅治
大沢たかお主演映画『築地魚河岸三代目』・船越英一郎主演ドラマ『火災調査官紅蓮次郎』・浜田雅功主演『検事鬼島平八郎』など数々の原作を手掛ける売れっ子作家!

2016.5.13(金曜日)19:30~
三鷹『RIスタジオ』
ジブリの裏話!KIHARA劇場VOL.5』

申込みは此方から!
https://www.facebook.com/events/989296387784368/?ti=cl

総合プロデュース:魔法使いアレス
主催:株式会社清月エンターテインメント
協力:株式会社大門建設

映画「風立ちぬ」感想(ネタバレ)

映画「風立ちぬ」感想(ネタバレ)

今度「KIHARA劇場」という多くのジブリ作品に制作として関わった木原浩勝木原先生とジブリ作品についてイベントをやるので、
ふと、ボクも昔、ジブリ作品について書いた記事があったなぁ。と想い出して発掘してきました。公開当時のレビューです。
ただ、この時とはちょっと今は違いこれは「男のエゴ」だけではなく「女のエゴ」についても描かれた映画ではないかと思います。
また公開当初はあまり取りざたされなかった、男女の問題。
最近、よくネットでにぎわうフェミニズムをめぐる論争。
「男の人生」と「女の人生」のプライオリティの問題にも触れるテーマであったかとも思います。
そこらへんもイベントで話したいと思っています。

以下、レビュー。
『この映画で泣けないような男は、
一度も、命がけで恋も仕事もしたことのない男だ』
 最初見たとき傲慢にも、そう思った。そしてすぐに後悔した。
 この映画は、まさに男の浪漫、空駆ける夢。そして男にとってご都合主義的ではあるかもしれぬが実に美しいせつないラブロマンスではないかと素直に感動した。
 しかし、観ていくうちに、じわじわと違和感が沸いてきて、やがてそれは罪悪感のような物に変化して、ボディブローのように効いてきた。
観終わった後では、最初の印象と違って、とても美しいけれど同時に、とても怖ろしい映画に思えてきてしばらく呆然とした。
 結論から言ってしまえば本作はアニメというカテゴリーを越えて、日本映画の中でも屈指の名作に数えられるべき作品である。
 しかし、ジブリの中でもナンバー1の作品であるかと言うとそうは言えない。
なぜなら、本作はこれまでのジブリ作品と一線を画す。
と、いうよりもまったくの別物だからだ。
これまでジブリ作品はまがりなりにも観客として強く子供を意識して作られていた。
そして子供と大人たちに、世界の美しさと人間の営みの素晴らしさを描いてきた。
どんなにその裏側に風刺や毒を含んでいたとしてもその一線は越えなかった。
 だが本作は違う。
本作は子供ではなく大人に向けている。しかも人生の酸いも甘いも噛みしめたことのある中年以降の男性。そしてその中でも、何かを創造する仕事か、技術を極める仕事、もしくは一時でも自分のすべての力を費やして仕事や芸に没頭した経験のある者というごく狭い層に向けて作られている。
その目的と意味については後述しよう。
 本作は、そられの人向けにとともに、宮崎駿宮崎駿自身に向けて作った映画に違いない。
人は死ぬ前に自分の人生を走馬燈のように見ると言う。
この映画は宮崎駿が自らの人生を、人生最後の走馬燈のように描き出したものなのである。
そう考えるとラブロマンスがご都合主義なのも、描かれる日本の過去の風景が美しすぎるのも、飛行機が素晴らしく魅力的なのも納得がいく。
これは宮崎駿の美化された末期の夢なのだ。
 表面的には美しい夢物語りでありながら実は、先に述べたある種の男たちの救いようのない薄情さと、世界のどうしようもない残酷さを描いている。
これまで人間の素晴らしさと世界の美しさを描いてきたジブリ作品の真逆のテーマを打ち出しているのだ。故に本作は絶望的である。
 主人公、ゼロ戦の開発者である堀越二郞は実に薄情な男である。その妹が約束をすっぽかされるたびにそう指摘するように。実家に何年も帰っていない。
しかし少年時代は下級生へのイジメを見て憤慨してケンカをし、関東大震災の時も見ず知らずの少女時代のヒロイン、菜穂子とその侍女を、体をはって助ける。そして貧しい子供にシベリアというお菓子を渡そうとする。
そのように、弱い人間を見捨てられない助けようとする優しさも持ち合わせている。
「優しさと薄情さの同居する男」
それが彼の本質でもある。
ここは覚えておくべき留意点である。
 故に彼は、己の夢、目的のためならば優しい心も麻痺させ、思考停止させる事もできる男なのである。
彼は日本の破滅的な将来が予測できないバカではない。
それは軽井沢での、外国人スパイ(おそらくゾルゲ)との会話でもあきらかである。
しかし、戦争は二郎には止められない。
 やがて迫り来る戦争を意識しながら、自分がこのままゼロ戦を開発していけば、どのような事になるか、はっきりと予感しながらも目の前に与えられたゼロ戦開発という職務をひたすら果たそうとする。
そして彼はそれに全力を尽くす。
「自分がやらなくても誰かがやるだろう」
「そして誰よりも自分がそれをうまくできる」
「自分がやらねばならぬ」
彼はそう思っているのだろう。与えられた課題が困難であればあるほど、クリアする事に挑戦し成功しなければガマンできない科学者やクリエイターの性とも言える。
 ヒロインである菜穂子との恋愛もそうである。
よく見ると二郞は彼女のためには積極的に自らは何も提案せず、何もしていない。
ただ求められて結婚し、側におだけである。
結核を患う彼女の枕元でなおも仕事に没頭しながら、ためらいながらも結局はタバコを吸うシーンは象徴的である。
ダメだよ。疲れているだろう。といいながら求められればセックスもする。そしてそれらは全て「求められたことに応えている」だけなのだ。
唯一、彼からの愛情表現が、出会いから別れまで何度も優しくささやかれる言葉だけである。
「綺麗だよ」と、
 自らの死期を悟り、二郞の仕事の邪魔にならぬよう、そして痩せ衰えて血を吐く、綺麗ではない自分を次郞に観られたくないがために菜穂子が山の病院に戻った時、
彼女にすがりつき追いかけて
「綺麗でなくてもいい。ともに血と汚物にまみれてもいいから」と泣いて引き戻すか、仕事を捨てて病院につきそう。
という選択肢は彼に微塵もない。
綺麗なままで、二郎の思い出に生き続けること。
それが望みとはいえ、あまりにも菜穂子が切ない。
彼女は知っていたのだ。
自分が二郞から愛されている理由を、
それは「綺麗だから」なのだと。
「綺麗だよ」は「愛している」ではない。
評価である。
そして彼女の意志通り、二郞は彼女を一度も見舞わずに菜穂子は死ぬ。
ゼロ戦試験飛行、成功の時、山から吹く風に菜穂子の死を、次郎は感じる。
 とはいえ、二郞は菜穂子を愛していないわけではない。いや彼なりに精一杯、心から愛している。
当時死の病であった結核がうつるかもしれないのに側に置き、何度もキスをして抱いている。
仕事をしながら一晩中、その手を握っている。
けれども彼はそれでも彼女のためには生きようとはしていない。
彼の人生の目的は己の夢のためである。
 二郎は鈍感なのではない。優しさもあり、愛する気持ちもあり、菜穂子の死に痛みも感じている。
しかしそれらを自分の夢のために無視して生きている。
だから「思いやりがあり薄情」なのだ。
もしくは非道なのだ。
仕事の鬼、夢を追う鬼なのだ。
 ボクが感じた罪悪感はこれである。
ボクは宮崎駿に問われたのである。
「お前もこの二郞のように生きてきたのだろう。そして生きていくのだろう?
それは誰かの多大な犠牲の上にあり、
その代償にお前はいつか大きな物を失うのだ」と、
だから怖くなったのだ。これまでの罪に震えたのだ。
そうかもしれぬと思ったのだ。
 そして本作は、そのような夢のため仕事のためなら、いかようにも薄情になってしまえる男のエゴと、そのエゴの集合体が作り出している「世界の仕組みの残酷さ」を描いた作品でもある。
 一人の恵まれた環境の天才が自らの美しい夢を追う時、天才ならざる幾多の者たちや貧しき庶民たちが引きずり込まれ、愛する妻や、多くの若者たちが戦争や特攻で散華する事もありうるのだと。しかしそれら犠牲の上に成り立つ芸術作品は罪深いけれどもなお美しいのだと。
二郞の夢の中で、伊太利亜の飛行機技師が次郞に問う質問がある。
「ピラミッドのない世界とある世界、どちらが好きかね?」
とはそのような意味ではないか。とボクは思う。
「ピラミッドがある世界」というのは、大勢の人間の犠牲を強いても一人の権力者か天才が「作る」と思えば作ってしまえるシステムのある世界。という意味なのだろう。
二郎の夢に出てくる伊太利亜の技師は言う。
「私はピラミッドのある世界を望む」と。
そして現実はと言えば、不幸にして私たちはその残酷な「ピラミッドのある世界」に住んでいる。
そう、現実のこの社会は「ピラミッドのある世界」なのだ。
誰かが「夢」や「理想社会」や「正義」や「平和」を実現しょうと決意した時に、ピラミッドは建ち、二郞がゼロ戦を作り、戦争は起こり、オッペンハイマーが原爆を作り、広島と長崎に落とされ、福島で原発事故が起こる。
そして多くの犠牲が払われる。
本作は直接的には、反戦を歌っていない。
だが今もどこかにいる堀越次郎的、オッペンハイマー的、東電的な人物に向けた、そして宮崎駿自身にむけた痛烈な批判と指摘なのではないかとも思える。
「夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少なくない。」
宮崎駿監督はパンフレットでこう綴っていた。
この映画はたぶん宮崎駿が仕掛けた深い落とし穴でもある。
クリエイターや、技術者やビジネスマン。
多くの二郎的な生き方をする男たちが、己の業の深さの分だけ懊悩するように出来ている。
「お前が夢を追い、目の前の仕事に全力を尽くすということは、こういうことなのだ」という。
 そして「ピラミッドのある世界」つまりは「優しくて薄情な男たち」が、夢を追うためのシステムの出来上がった世界を、我々は明日も今日も生きねばならぬ。
滅びと再生を繰り返しながら。
風立ちぬ、いざ生きやめも」
の意訳は、
「風が吹いた、生きようと試みなければならない」
だそうである。
その風の先に紅蓮の焼ける町が見える。
ゼロ戦の数多の残骸が見える。
累々たる屍の地獄が見える。
心から愛する人の死が見える。
そして地獄と後悔の業火に焼かれる罪深き己の姿が見える。
主人公、堀越二郎は、
「それでも生きようと試みなければならない。」
遺されたからだ。
そしてまだ風が吹いている。
ボクにもまだ風が吹いている・・・・
そしてアナタの前にも・・・・

竹内まりあ 「駅」の歌詞について、たった一文字で解釈が180度違ってくる。

www.facebook.com

「曇りガラス」問題に続きまして、

歌詞の解釈問題。

 

竹内まりあさんの「駅」名曲ですね。

https://www.youtube.com/watch?v=vKpIqKq3-2s

ポップで軽い感じの曲が多い竹内まりあさんですが、実はメロディがとても美しいことを改めて感じさせてくれたメロディアスでメロウな曲調、それでいて日常の中に起こった一瞬のドラマを切り取った映画的な歌詞。

テーマは「一瞬にして永遠の愛する男女のすれ違い」でしょうか。

どんな歌詞か見てみましょう。

 

「駅」

作詞作曲 竹内まりあ

 

見覚えのあるレインコート

黄昏の駅で 胸が震えた

はやい足取り まぎれもなく

昔 愛してた あの人なのね

懐かしさの一歩手前で

こみ上げる 苦い思い出に

言葉がとても 見つからないわ

あなたがいなくてもこうして

元気で暮らしていることを

さりげなく つげたかったのに。

 

二年の時が 変えたものは

彼のまなざしと 私のこの髪

それぞれに待つ 人のもとへ

戻ってゆくのね 気づきもせずに

ひとつ隣の車両に乗り

うつむく横顔 見ていたら

思わず涙 あふれてきそう

今になってあなたの 気持ち

初めてわかるの 痛いほど

私だけ 愛していたことも

 

ラッシュの人波に

のまれて消えていく

後ろ姿が やけに哀しく

心に残る

改札口を出る頃には

雨もやみみかけたこの街に

ありふれた夜がやって来る

ララララ ラララララ・・・・・

 

素晴らしい詩です。

情報量とドラマと情景がこれでもかというほど

詰め込まれていて破綻がない。

 

この中の二番の歌詞、

「私だけ 愛していたことも」

ここがとても重要なのですが、この部分の解釈が、二つに分かれてしまうのです。

つまり、

「(アナタは私を愛していなくて)私だけ(が)(あなたを)愛していたこと」なのか

「(アナタは)私(のこと)だけ(を) 愛して(くれ)ていた)」

なのか、

この「私だけが」と「私だけを」が一文字違うだけで

曲全体の意味合いが大きく変わってしまいます。

「が」だと、しょせん自分の片思いだった事を突然の再会によって、改めて思い知る歌となり、

「を」だと、本当に愛し合っていた二人が、なぜか別れてしまったのだけれどもあの愛はお互いに本気だったんだよね。それが今は自分にも分かる。

という歌になります。

まぁ歌というのは、受け手がどのように解釈しても良いような気もしますが、たった一文字でここまで解釈が180度変わってしまうのも珍しいというか、面白いので、注目してみました。

 

この部分、ネットでもあれこれ解釈が分かれるようなのですが、

 

さて、

アナタは、どっちだと思われますか?

 

ちなみにこれ、作詞者である竹内まりあさんの意図は(おそらく)ほぼ分かってはいるようです。

後でそれについても述べます。

なので、お遊びとしてお聞きしてみておりますので、その点のネタバレはご遠慮下さい。

 

「調布漫画学校スペシャルトークイベント」第二部

ゲスト、菊池健さん。

 

鍋島

「漫画の未来を見据える男」

とボクが勝手に名づけました。

もともと、コンサルタント業をなさってて

漫画編集者でも、漫画家でもない

出版業でもない、外からこの漫画業界に入り

積極的にかかわってこられた方で、

だからこそ従来の漫画業界の枠にとらわれない

視点をお持ちであり、業界を変えていかれるのでは

ないかと期待している方です。

 

菊池さんとは

ボクが先に述べたような状況で(漫画雑誌の部数が

どんどん減り、単行本も売れなくなっていく)

これからの漫画業界はどうなっていくのだろう。

と憂いていて、先行きの見えない不安を抱えているときに、知り合いまして、

そのような状況下にあるにもかかわらず、

トキワ荘プロジェクトは、若い人たちを次々に育て

漫画業界に送り出そうとしている。

菊池さんたちはどういつつもりなのだろうと、

関心を持ってみていたら、

菊池さnはまず、いろんな漫画家さんや編集者さん、

漫画教育者の方々と、

漫画業界のトップランナーから若手まで、

とにかくいろんな方々と会いまくるところからはじめられた。

 

あっという間に漫画について、業界についてとても詳しくなられて、

へぇ、そういうやり方があったのかと、驚いていましたら

色んな作家さんへのインタビュー集

「漫画で食えない人の壁」

続編の「漫画で食えない人の壁」の~プロがプロたる所以編

を出され、漫画家さんたちそれぞれのお仕事の実情や

ビジネスモデルを収集、データー化された

「マンガで飯を食っていく!漫画家のキャリアプラン

(いずれもトキワ荘プロジェクト編著)

を出されました。

マンガ志望者、漫画家さん向けのセミナーや

さまざまなイベントも催されています。

 

そうこうしているうちに最近は、

いろんなウェブコンテンツの人と会いまくっておられる。

先日、京都でもKindleダイレクト・パブリッシングの担当者と

comicoの担当者を招いて

「四畳半マンガ家のためのデジタル戦略講座 ?京都版トキワ荘事業のデジタルコミックセミナー?」

を開催された。

今、菊池さんは、紙媒体、電気書籍あわせて

おそらく俯瞰的に最も多くの情報やデーター、知識や見識を

お持ちだろうと思います。

ですのでさきほど申し上げたように

「今、最もマンガの未来を見据えている男」と

お呼びしても過言ではないと思います。

ので本日お呼びしたわけで

今日は、たっぷりと菊池さんの知見をお聞きしたいと思っています。

 

 

鍋島

漫画はお好きだったんですか?

 

菊池

父親が漫画家志望者で、

家には「ビッグコミック」を買っては置かれていました。

 

鍋島

質問。1

さきほどの鍋島校長の講義をどう思いましたか?

うさんくさくないですか?

 

菊池

うさんくさいですよね

(会場笑)

受講者の人がいるのに

登壇者が前でご飯を食べているのは前代未聞だな

これすごいなと思いました。

(会場笑)

 

外から外からと先ほどからおっしゃられていますが、

もうだいぶマンガ業界に入り込んでいまして、

もう内部からの文脈も分かるようになってきました。

そこでわかったことは

版元が悪い、漫画家さんのどこが悪いという点を

指摘しつづけると、永遠に続くんです。

うさんくさいのはそのままでいんです。

それをどうよくするかと考えことが大切だと思います。

たとえば、前でご飯を食べてていんで、

来た方々も食べられるようにするとか。

そういう風に、場や作品を楽しくするといいんじゃないでしょうか。

うさんくさくないですか?って聞かないほうがいいと思う。

それがいいと思います。そのままいけばいいと思います。

(会場笑)

 

鍋島

質問。2

雑誌は死にますか?単行本は死にますか?ウェブはどうですか?

教えてください。

(鍋島注・これは「防人の歌」というさだまさしさんの歌の歌詞のもじりなのですが、古すぎて誰もわからずにすべりました。)

 

菊池)

紙の雑誌は間違いなく減ってますよね。

役割は、変わっていくんでしょうね。

この間ボクは電車の中でジャンプを読んでいる人を二人見つけて

すごくうれしくなってしまいました。いまどきあんまり見ないですよね。

それくらいになっちゃいましたね。

鍋島)

これまでは雑誌は減っていても、

出版点数、(作品数)が増えているから単行本の総数はさして変わらない。だから作品によってはさほど部数いかなくても、色んな種類、嗜好の小部数のマンガ作品が世に出ていてる。

これをもってして、マンガは実は衰退しているのではなくて多様化して多彩で豊かになっているのではないかという意見もありましたね。

 

菊池)

点数が増えているのは、たしかにそうなんですけれど、2010年か11年くらいの

売り上げの七パーセントくらいがたしか「ONEPIECE」だったんですよね。

そういう意味では一部に集中しているとも言えるんですけどね。

 

鍋島)

じゃあこれから単行本はまだこれから多様化しながら部数的には、あんまり

降りていかないんじゃないか?単行本はまだ出るんじゃないか?

といえるんでしょうか?

 

菊池)

いやぁ、単行本がどうこうではなく

作品が単行本の代わりにどう消費されるていくかが重要かと。別の形ができあがっていたときに、単行本は自然に減っていくんじゃないかと、

今、紙の雑誌が減っているのは、

アプリとウェブで無料で読まれるようになっているのとほぼ同じ意味で

それに移っているだけで、

今、紙の単行本の読み方に代わるものとして当てはまるのは電子書籍

単行本を買うということなんでしょうけど、

それかそれ以上にいいと思うものができてきたら当然、紙の単行本は減るでしょうね。

一方、ウェブのマンガはといいますと、ウェブやアプリのマンガは増えてますよね。

 

鍋島)

最近、ぐっと増えた感じがするんですけど。

 

菊池)

ですねぇ。

これをご覧ください。

(データをモニターにディスプレイ。)

これは「雑誌協会」さんの出されたデーターでして。

*参照

 

2014年後半のこれは三ヶ月単位での、雑誌の印刷数の推移です。

一位のジャンプが260万部

マガジンが 120万部くらいですね。

コロコロだけが、60万部くらいがこの一年であがりまして

 

鍋島)

あがったんですか!このご時勢に?

 

バーバラ

「妖怪ウォッチ」ですね。

 

菊池)

「そうです」

 

鍋島・会場)

「ああ!」(納得のどよめき)

 

菊池)

比較しまして、これがcomicoというアプリでマンガを読む人のダウンロード数ですね。

これは印刷部数とはまた意味合いが違うんですけれど、

どれほどユーザーの人がアプリをダウンロードしたかというと、

900万ダウンロード、ちょっと想像しがたい数で、

マンガボックスが700万から800万です。

ジャンプ+が新人登竜門的位置と、一部の古い作品のリバイバルを載せる形で300万以上ダウンロードされています。

 

紙のジャンプの印刷数が300万部いかないとこで、コミコはすくなくともその三倍の

900万人のスマホの中に入っている。

ウェブの世界ではMAU DAU というのがあって月に一回見る人、一日一回見る人、を指標のひとつとしているんですけど、

comicoの少し前の非公式データではMAUが300万から200万の間くらいでした。

ほぼジャンプと同じくらいが月に読まれている。

マンガボックスもちょっと少ないが百何十万人くらいが毎月読んでいる。

ですからダウンロードされている数にくらべると少ないんですけれど、

目に触れる読まれるということで言えば、ウェブやアプリは、

紙の媒体にほぼ近づいていると言えますね。

 

鍋島)

これまで何度か電子の波というのがあって、

携帯電話、パソコン、アイパッド、の発売と普及を受けても

実は、なかなか電子書籍時代の幕開け、というのはこなかったわけですが、

近年ここにきて、スマホと、アイパッドの軽量化、他のタブレット

普及によって格段に進んだ気がします。

ここ数年が大きな変革の時期なのではないかと。

やっときた。というね。

 

菊池)

そうですね。

日本で企業が、電子書籍に取り組んだというのは2000年くらいに、

イーブックジャパンさんがCDに入れて配り、パスワードを売るというビジネス

モデルをやっていて、そのときの電子書籍の売り上げが、イーブックジャパン

さんの売り上げとほぼイコールで一億円なかったと思います。

2007年、百億円、2010年まではガラケーエロマンガが読まれる時代で、

これ、インプレスのグラフですけど売り上げが一回、下がっているですよね。

これが世の中がガラケーからスマホにシフトした2009年から2010の間に

一瞬下がって、それからはずっとあがっているんですけど、

このデーターの傾向でいえるのはですね、

鈴木みそ先生が電子書籍で一千万円売れましたと、宣言されたあたりまで

実は、アマゾンのランキングの一位を、ずっとみそさんが取ってたんですね。

その翌年、去年おととしくらいから、ランキングにはでられなくなったんですね。

そのタイミングがなんだったかというと、普通にkidleとかに「ONEPIEC」とか「HUNTER×HUNTER」とかのメジャータイトルが売られるようになって出版社がついにアマゾンにも電子書籍を提供するようになったというとこあたりでぐわっと伸びてきてですね、それが、このカーブがあらわしているというわけです。

そういう意味で言うとこの市場が大きくなってきていて、

これはよくあるデーターですが。

 

コミック誌が赤線、1995年がピークでずっと赤が下がってきて、

単行本のほうの青線は横ばいですね。

この二つをあわせたのが、上の紫の数字で、95年のジャンプが

ギネス記録を出したときの6000億円くらいあった漫画の売り上げが、

去年のデーターで3600億円となって実に三分の一くらいなくなっちゃった。

なんですけども、なくなった紙の売り上げの青、

それに電子書籍のマンガの売り上げを足すと、

ずっと下がっていたのが、

なんとなくあがってきている感じです。

 

鍋島)

おお!希望がもてますね!

 

菊池)

まぁ試算に試算をくっつけているので絶対とはいえないんですけど

試算とはいえ一応、2013年がターニングポイントになっていると

私は考えていまして、若干上がってるのではないかと。

今年、来年以降はもっと上がるのではないかと。

 

鍋島)

えっと、ボクは頭が悪いので、数字が苦手なんですが

うかがっただいたいの感じだと、

紙の雑誌がだんだん部数を減らし、それとともに

マンガは衰退するのかなぁと思っていたら、

スマホとか電子でマンガを読む人が増えてきて、

それと相殺すると、マンガを読む人は、読者は。

そんなに減っていない。

もしくは紙雑誌から電子に移行しただけであり

そのぶんをかんがみると

一番ひどいときより、やや上向き加減に

なりつつあるということなのですかね?

 

菊池)

純粋にマンガ読者がマンガを読む。

売り上げという意味だとそういうことなんです。

ただ、どこでマンガを読んでいるかと言う事なんですよね。

紙の雑誌、単行本を買って読みますよね。

電子書籍を買って読むのも当たり前になりました。

 

他に考えられるのが、

マンガ喫茶

ウェブで無料も当然ありますし、

ツタヤのレンタルとか

他にももろもろいろいろあるわけで

マンガを読まれている量というのは上がっているのではないか

 

鍋島)

おおっ!マンガ読者数というのは、

むしろ増えているのではないかと!

なるほど。なるほど。(喜ぶ)

 

菊池)

そこは難しいとこですけどね。

今、高校生がcomicoで読んでいるマンガというのは

所謂「マンガ読み」の観賞には耐えないものなんですけどもね。

 

マンガの市場規模が4,000億円だ3,000億円だという話をしていますが、これだけ注目されて、いっぱいマンガを読む人がいて、書く人がいて、これだけの売上額しかない小さな産業なんですよね。

ファミレスの「すかいらーくグループ」の売上が、1グループでだいたいそのくらい。

ヤマハ発動機」で、単体で一兆円以上ですから。

紙や電子、全部あわせても、単独のヤマハのそれに追いつけないくらいでしかない。

僕らがマンガがマンガがと血眼になって話していますが、それくらいなのですが、

これにはからくりがありまして。

 

 

マンガのある作品が

ヒットしたらアニメになる。

声優ドラマ。映画にもなる、フィギュアにもなる、ゲームにもなる。グッズとかになる。

色んな展開をして4000億円にはとどまりません。

単純にアニメだけで3000億円。

でもこのようなマンガ関係の周辺のメディア産業全体でみると

経産省の計算だと11兆円から13兆円。10兆円超えるとなると。これだと相当な規模ですね。

さらに外側まで、ある作品がヒットしたら鷺宮神社が百万人来るというような聖地巡礼

そこまで運輸観光などふくめると、

50兆円くらいに「影響を与える」と言われています。

「原作」「キャラクター」「ストーリー」が展開していくものだと。

なので、紙が売れた売れないで一喜一憂していいものかと。

 

鍋島)

でもその割りに原作者である漫画家への利益分配が少ないんじゃないかと

言う(海外などと比べて)意見もありますが。

 

菊池)

逆に外から来た身で言わせていただくと、

よくそういう編集部が悪いとか、漫画家が悪いとかいう議論になりますが、

ボクは別に悪いとか、良いとかないと思っているんです。

たとえば95年の頃は当時の漫画業界の仕組みは最強で、すばらしかったわけです。

あの頃があったからこそ、これだけマンガがヒットしたわけで

当時はそれであっていたわけで、これから変わっていくけど

さてどうしましょう。

って話なんですよね。

 

とにかくボクは学んだんですが、

マンガ業界でどこが悪いという指摘は

まったく意味をなさないと。

やめたほうがいいと思います。

ただひたすら、次どうしますか?って考えて、粛々とやるって話だと思います。

 

鍋島)

ボクもこれからの話だと思います。

どうせ仕組みが、変わるんだったら、

さっき話したように、

僕らに作家にはできないこと、

作家には苦手なこと、

それらを、お願いしますよといったときに

よし代わりに上手にやってやろう。

よっしゃ!かわりにどんどん売ってやろう!

映画やアニメや海外までも売ってやろう。

という、編集者さんが出てきてくれたら

うれしい。

そういううまい関係が

作っていけたらいいなぁと思うわけですよ。

 

 

鍋島)

(パチンコ、映画化などの二次使用権利の副収入の生々しい話)

ですからアニメ化とかされたら、

その点はけっこう美味しい仕事ではありますよね。

 

菊池)

十兆とかさっき言いましたけど、

その横でいわゆる二次利用、といわれるキャラクタービジネスだったり

アニメや映画化も二次利用なんですけど、

その市場がこの10年で5000億円が1兆5000億円になるくらい何倍かに増えたんですよね。

ですから講談社も、集英社もそうですけど、

自社がかかわる版権の作品がアニメ化したりに注力しはじめた。

昨今、えらい古い作品のドラマ化とか映画化とかが見られるのは、

自社の版権の再利用でもありその瞬間に電子書籍を裏側で仕込んでおいて

ドラマが出たら電子書籍が売れるとかですね、

ま、そういう狙いはだいぶ実は出版社の方々はやってるんですよね。

 

鍋島)

そろそろ何年か前からやりはじめましたよね。

去年の「ホットロード」とか世代的にも自分史的にも

大好きな作品ではありますけど、

いまさら映画化かよと驚きましたものね。

27年前に終わった作品ですよ。

(*注・、『ホットロード紡木たくによる日本の少女漫画。紡木の代表作であり、『別冊マーガレット』(集英社)に

1986年1月号から1987年5月号まで連載された。単行本全4巻(絶版)。2014年に映画化)

 

菊池

今のマイルドヤンキーにも刺さったみたいですね。

(注・映画『ホットロード』は2014年8月16日に公開され、2日間の動員は28万4367人

(3億8924万2000円)最終的には興収25.2億円で年間15位)

 

鍋島)

うまいですよね。

今、「ホットロード」をぶつけるあたりが、

うまいなぁと思いました。

 

菊池)

今のマイルドヤンキー層が好きな俳優さんを持ってきたみたいですね。

私自身はよくわかりませんけど。

 

鍋島)

能年 玲奈さん?

 

菊池)

いや、男の子の方。すごい人気らしいですよ。

(*注:登坂広臣三代目J Soul Brothers)メインボーカル。彼の俳優デビュー作)

 

鍋島)

マイルドヤンキーブームというかね、

今、実は最も購買力があるとも

言われている今の地方の若者の層、

わざわざ都会に出て、頑張らなくとも

地元で幼馴染の仲間たちと仲良くやってれば幸せじゃん。

みたいな「湘南の風」あたりからの今の若者の雰囲気と、

ホットロード」の当時の湘南の地元に密着して生きる

暴走族の若者の時代の雰囲気とマッチしたんでしょうね。

抗争とかいろいろありますが、最終的には恋愛物として、

地方に根ざして小さな家庭生活を営み始めるというラストもね。

ヤンキーではあるけど、六本木に出てハングレになって黒社会

トップ目指して金儲けてビッグになってなんて

一時代前の不良少年物みたいなことはしないもん。

というね。マイルドなヤンキー。

ヤンキーというか不良でもない普通のちょい悪労働青年の感覚と

うまい具合にはまりましたよね。

 

質問

鍋島)「ウェブの漫画について」

ウェブ漫画といって、サイトから単行本をダウンロードする形式、新しい「漫画onWEB」のような雑誌形式、メルマガ方式とかいろいろありますが、今はどれが主流で、どんな形になっている。のか、くわえて最近の傾向として「無料」というのが多いですが、あれはなんで無料なのか?

どうやってマネタイズしているのか?

すごい不思議なんですが。

 

菊池)

 

comicoに関して言うと、現時点で全てを回収できるマネタイズは確立してないですね。

LINE漫画というアプリは1100万ダウンロードを超してまして、東京都民の人口に届くかと言うくらいすごい数ですね。

主流は、スマホであり、アプリであるのは間違いないですね。出口としては。

それがどう稼ぐがということですが。

昔はよかったんですよ、紙の雑誌が売れて単行本が売れてさえいれば出版社さんも作家さんも潤ってたんでよかったんですが、アプリとかITとかのビジネスになってきますと、たとえば、アプリ一個売ったから百円というようなシンプルなビジネスの作り方をしないんですよね。

プラットホームビジネスと言われているんですが、これは例としては、これは学校で学生に教えるときに、デビューの場はこんなのがあるよ。という説明に使う図なのですが、

*図、参照

上の三つはすごいヒットして八百万とか数字を叩き出してますが、まだ一年半なんですよ。せいぜい。

その中で比較的老舗で、エブリスタという、ネット小説を中心としたサービスがあります。これはどちらかというと鍋島先生とかと関わるのかと思うのですが、2010年あたりから始まった携帯小説の流れ、あの頃に出てきたプラットフォームで、たぶんここにいるほとんどの人がエブリスタの作品を読んだことがないと思うですけども、「王様ゲーム」とか「奴隷区」とか実はかなり売れています。まさにこれがマイルドヤンキー、地方の人たちに読まれている。しかもエブリスタは自分たちを雑誌のように標榜していなくてエブリスタとして自分たちも作品を売ってるんですけど、その作品をたとえば、ドコモのDストアに卸したり。面白いでしょとみなさんに評価された作品を原作としてマンガ雑誌に売り込んで、原作として使ってもらって漫画化する。

始まって五年くらいですでに200作品漫画化していてですね。

300冊上の漫画がエブリスタからスタートした原作として世に出ている。

携帯小説サイトとして作ったんですけど、結果的には漫画原作者育成サイトになっている。

「小説家になろう」というサイトもそうですね。

そういうのも増えている。

では、このエブリスタがなにで儲けているかというと

シンプルにこれで売っているというのは明確じゃない。

一つ一つの作品を、400文字以上のものを一個売るのに40円。とか人によっては10円とか値付けをして、

プラットフォームはそのうち三割取るという形をとったりしています。

今度、じゃあエブリスタの中で売れた作品を漫画化しますとなったときに雑誌と話をして単行本が出るときにいくらもらえるとか、映像化したときに、これだけの値段で交渉してこれだけ入ってくるようにしますなどを考えます。プラットフォームビジネスをしようとしている人って一個のことだけで設けようとしていないんです。そのほうがポートフォリオというか安定した収益を得られるということもあると。

鍋島先生の質問は作家はどう稼いだらという質問だと思うんですが、作家にとってはアプリとかウエブで食べていくというのが今後増えていくと思うんですけど、そうなったときになんか一個だけで稼ぐというのは、ないのではないかと思います。そのプラットフォーム上でいろんな事をやっていて、それでいろいろ稼いでいく。いま、一番不思議がられているのはcomicoですよね。あくまで無料で読める。ぜんぜん儲かってないでしょと言われるんですけど、そもそも現時点では儲けていないんですね。たとえば単行本を出す作品が百作品連載されているうちのたとえば七、八、作品くらいですね、出ているのが。

当然、ジャンプほど出ていないですけど、それも収入の一部と考えているようです。

comicoはLINEをやっている会社、もともと同じ会社だったので、

comicoの作品をLINEのスタンプとして販売したりとか、グッズ作ったり、イベントやったりとかアニメ化したりなど、企業単独で様々なことをしています。先日は、一気に5作品をアニメ化するって発表していましたね。あとですね、ついさっき人から聞いておもしろかったんですが、同じようにcomicoと同じおととしの秋にスタートしたマンガボックスの話です。去年一年でいうとむしろマンガボックスの方が話題になったと思うんですが、樹林伸さんが編集長で入って実質、マンガボックスというアプリを出している「DeNA」*の現場に講談社や銀杏社の人とかが沢山入って、ネット上のアプリにも関わらず、すごくこれまでの雑誌っぽいつくりかたでマンガを提供しているのですが、やっぱりDeNAのDNAっていうんですかね?

(鍋島、会場、爆笑)(←すいません、私こんなダジャレ言いましたか??(笑))

確かに言ってます(笑)

で、ですね、新人を見出していく場としてインディーズというのを作ったんですね。

マンガボックスでは、メインのスペースでいわゆる雑誌のような連載作品を掲載しているかたわら、誰でも新人が、作品を投稿できるインディーズと言う場を作っています。

ここで人気が出れば、引き上げて本誌連載みたいにするという仕組みです。

 

鍋島)

なるほど、これまでの紙雑誌の本誌に対する増刊とか別冊のように二軍として、comicoっぽいものをつけたわけですか。

 

菊池)

そうです、そしてその中のクオリティが最近すごい上がってきていて、一位の二位の作品なんてこれどうみても、この仕上げ方は完全に原稿料もらってやる仕事ですよね。

こういういのがランキングの一位に出てくるような傾向があるんですね。

あと、驚くべきはこれです。

数字が二つありますが、左側のハートマークはこの作品を読んだ人がイイネってやってくれた数です。二十九万五千四百十三。一銭ももらわずに描いた作品に二十九万の人がイイネと言ってくれている。読んだ数じゃないですよ。

読んだ人の数はこっちです。

二千五百六十五万六千三百四百四十八人。PVなんでページをめくった述べの数字なんだと思うのですが、この原稿料も出ていない新人(のはず)の作品が、

二千五百六十五万回、人の目にふれている。

これは尋常じゃないです。

 

鍋島)

なるほど、このデータは皮肉に意地悪に読めば、二千五百六十五万人のうち、面白かったと言ってくれた人は二十九万人しかいなかった。大多数はおもしろくないと言ったので、この作品はパーセント的にいえば、つまらないんじゃないかという言い方もできるけど、

どんな面白い作品でも、世の中の評価というか面白いというパーセンテージとは、実はそんなものなのかもしれない。となると、

これまで紙の媒体だと、一人の編集者や数人の編集部を通過しなければならなくて、その人たちがこのイイネおさなかった大多数の人だったかもしれない。

その可能性は高いわけで、だとすると、この作品は、ゲートを通過できずに世に出なかったかもしれない。

けれどウェブだとこうやって数字で出ると、二十九万人の人が面白いと思うマンガなんですという評価がつくというか、はっきり言えるんですね。

編集者一人に面白いといわれなくても、世の中に公にとれば面白いと思ってくれる人はこれだけいると、もいえる。

それで一位とってるんでで、一軍で使ってみましょうかと、なることもあるわけなんですね。

 

菊池)

そうなんです、ですからこのマンガボックスインディーズというのは、おもしろい企画なんですが、ここで上位にいる作品が、違う雑誌、他社で、連載が始まることもあるんです。

なかでもすごい露骨なのが、この画面に出してるこの作品、インディーズのところに「単行本一巻四月発売」って書いてありますね。これ他社から出るんですね。調べたんだすけど(*****)ですね。

(鍋島・会場爆笑)

 

鍋島)

だってこれだけのファン層がすでにいるんですものね。、

 

菊池)

八百九十万インディーズで見られている作品の単行本が出るわけですよ。

これすごくないですか?

講談社とDeNAがやっているプラットホームで、載っている作品の単行本が他社で出るんですよ。ジャンプ連載作品が角川が単行本出すみたいな感じですよね。

 

鍋島)

まぁ昔は少年サンデーの連載作品の単行本の版権を秋田書店が取りに行って頼んだら、いいよってあっさり言われて、出したので秋田書店の「サンデーコミックス」になった。

という話はありますが、それくらいの創世記ということなんでしょうかねぇ。

 

菊池)

これは、そういう意味では2ルート考えられますよね。

がんばってインディーズで連載しているうちに、誰か他社の編集者さんが気に入って目を付けて、うちで単行本を出しませんか?といってきた。という話なのか、

それとも、あるいは、ある編集部さんがうちで連載するよりも、マンガボックスのインディーズで掲載したほうが読む人が多いから、それで告知効果があってそれを単行本に出せば売れるんじゃないかと、ということで出しているのかもしれませんね。

 

鍋島)

今はそういう、持ち込みを待ってるだけではない、ウェブを使った戦略を立てている若手の編集者もいるかもしれませんねぇ。

 

菊池)

そういう意味では、今は編集長が自分の編集部のスタッフをキャスティングするときに、

この人はベテラン作家さんと仲良くてそういう人たちと付き合う編集者さん。

この人はコミケでいい作家さんを拾ってくるやつ

この人はコミティアなどの出張編集部で探してくるのがうまい人

この人はウェブから引っ張ってくるのがうまい人と

いうような配陣で、キャスティングしますね。

それでないとチャンネルが少なく弱くなると。。

 

鍋島)

なるほどねぇ。今はそんなんなんですねぇ。

時代が違うなぁ。

逆に見ればそれが一位をとるとは、それくらいのもんなんだなぁ。

 

鍋島)

そうなると、これからは、無料ってのが普通になっていくんですかね。

作家さんの中では、俺の心血注いだ作品をタダで読ませるなんて。という抵抗感があるほうが多いようなんですよね。

 

菊池)

その意識はわかりますし、否定しないんですが、起きている現象で考えると、雑誌ランキングで雑誌単体で黒字になっているのは上の四つだけで、その下は赤字なんですよね。

紙で作ることは絶対に意味のあることなんですが、出版社とかパブリッシャーの方で考えると、有料で出すか無料でだすか、紙とかウェブとかあまり意味がなくなっている。

すでにジャンプというものがあって流通網もできていて人に知られているからジャンプという名前で出すことには多いに意味があるけど、

新しくこれから参入するとか、現時点で赤字とか。そういうとこが有償でやるというの難しい。だから無料で最初読ませるというのはやってる側から言うと無理からぬところがある。特に新しくやるとすると有償でやるというのはなかなかに難しい。

 

鍋島)

なんですね。漫画家も版元も従来とはいろいろと意識改革が必要だということなんでしょうね。

 

鍋島)

質問「ウェブに漫画が出てきて、従来のような読ませ方や。メクリとか、横スクロールとか、縦スクロールとか、吹きだしのセリフも縦書きがいいとか横書きがいいとか。いろいろと漫画化同士でもツイッターで喧々諤々論議されましたけど、菊池さんはこれからどうなっていくのがいい。これからの漫画化はこのフォーマットがいいんじゃないかというのはありますか?

 

菊池

スマホで一からやるんだったららどうしても「カラー&縦スクロール形式」が強いでしょうね。

comicoは一つの形になりましたし。

追づいする人は多いですしね。

 

 

鍋島)

雑誌から単行本が出て文庫になったりした時もそうだけど、メディアやデバイスの変化によって見せかた、書き方が変わるのは仕方ないよね。けっこう完成している漫画の文法を捨て去るには勇気がいるだろうけど、そのまま活用できるものもあるだろうし、そのデバイスになったからこそ生まれる文法や演出法も出てくるだろうし。

 

菊池)

今、過渡期なんで、むずかしいところですよね。

森川ジョージさん(はじめの一歩の漫画家)さんとかは、マガジンの電子化の時に、自分は載せないと言い切って、それは雑誌の見開きで読むように設計して一歩を描いているからと。

 

鍋島)

特に「はじめの一歩」なんてそうですよねぇ。メクリからの見開き使うのすごい上手で、見開きだからこそのあの迫力ですものね。あの技が封じられちゃうのはいやでしょうね。

でも、あの先生ならマガジン電子化だけになって縦ロールだけになっても、違う迫力のある演出を考えそうですけどね。縦揺れのデンプシーロール(はじめの一歩の主人公の得意技で左右に体を揺らしながら相手の懐に入っいく)とか(笑)

 

菊池)

comico(縦スクロール)の中でも日本刀で斬る描写で頭の上から刃が入って、ずっーと縦スクロールで体に入って足の先まで斬っていくとこを描くことで一刀両断にした迫力を出す。とかいう演出もあったんですよ。

 

鍋島)

なるほど、そういう縦スクロールだからこその演出は素晴らしいですね。

たとえば紙で見開きだと右ページ見ながら実は左ページが目に入っているから展開やオチが見えちゃうという問題があって、そこに制約があるんですけど、縦ロールだと見させないで驚かすことができますものね。小さな尻尾の一部を見せてたどっていくと大蛇だったとか。

菊池)

逆にcomicoで難しいのは、大河的な作品、大きな画面構成のある作品が苦手のようなんです。「キングダム」とか大迫力の広大な戦闘モブシーンがあるんですが、あれを縦スクロールで描くのは難しいんですよ。

 

鍋島)

ああ!なるほど!あれは無理でしょうね。サイズ変換しても。

 

菊池)

「そうなんです。「パノラマはちょっと無理だよね」的な。

結果、comicoは今、大河的なものではなく、ほのぼの系であったり、キャラ物、ファッション系とか、そういう流れになってます。

 

鍋島)

なるほどデバイスの持つ特性による作品内容の向き不向きがあると。

 

菊池)

そこらへんは今後どうするかですねぇ。

 

鍋島

でも、パノラマテレビがだいぶ普及しているし、今はUSBの形したコンピューターとか、スマホと対応したテレビとか、そういう大河迫力物はスマホで落としてテレビで見るとか、そういうことにもなりそうですけどね。

 

菊池

今はスマホ一辺倒ですがこれからモニターに映すとかプロジェクション的にどこかに映すとか、グーグルグラス的な目の前に映しだすとか、デバイスはいろいろ多様化するでしょうね。

 

鍋島

しかしデバイスはいろいろ変わってもさっき言ったように(前講義)漫画スキルというのは割とどうにでも対応がきくというか、普遍的なスキルだと思うんですよ。

だからこそ、今、漫画スキルを学ぶことには意味があると思うんですけどね。

どうなるかわからない不確定要素の多い過渡期であるからこそ、普遍的でベーショックなスキルが大事なんじゃないかと、思うわけです。

 

鍋島)

質問

「これからの漫画化はどんなスキルを身につけておくと、デジタル時代、ウェブ時代、過渡期のためによろしいでしょうか?」

 

菊池)

やはり基本的なデジタルスキルは重要でしょうね。

すでに作家としてのスキルのある人はデジタルできる人と組めばいいんですけど、

今の19歳~20歳の新人がアナログに自分はこだわるんです。パソコンできません。

というのはやばい。

すでに基礎教養というか最適なビジネスができるためには英語しゃべれるのと同じようにあたりまえになってると思うんですよね。

 

今の漫画家さんと昔の漫画家さんの大きな違いは、今の漫画家さんは、昔より世間のことなんかがわかってなければならない。

話を作るにもそうなんですけど、この絵が新人作家に、今の作家がどこでマンガを食べていくか選択肢をかいた図です。何があるかというと、まず雑誌でデビュー、二度目の連載がもらえたらまぁ食べれる。あとは、デジタルと同人。

デジタルコミックのマンガボックスはこの一年半で50本以上の連載を立ち上げて、コミコは100本以上。百何人の連載作家が生まれていて、その人たちはほとんど専業漫画家として食べていける。

他にもkindleの作家は少ないですけど、いますし、エブリスタでも専業でやってるひとはだいぶ出てきていると聞いていますし、デジタルコミックの世界もまあ、あるだろうと。

あと、同人作家ですね。

うちにですね、年に一回、東京と京都で漫画化向けの確定申告講習会をやっているんですよ。

漫画家さんの確定申告てけっこう専門的なので、普通の人ってよくわからないので、たとえばネームを喫茶店でやるんですけど、これは経費になりますかと、言ったときに、ネームってなんですか?ってとこから始めなきゃいけないので。そういう事(確定申告講習会)やってるんですけど、そこで、過去、二人、同人で家を建てたって人がいます。

母と同居しているんですけど、というからパラサイトかなと思ったら、私が同人で建てたんです。と、(会場、どよめきと(笑))

まぁそれぐらい同人で食っている人がいるのはあたりまえですよね

 

 

 

菊池)

うちで言うと、プロになった人の十人に一人くらいはそうなんですけど、まぁ創作にいかなかった。

商業系のビジネス書を漫画化するようなコミカライズの仕事を受ける人とか、あと広告。今、圧倒的にアド漫画さんてサイトが強いですね。

そういう広告の漫画をやってる道もあります。

 

鍋島

そういえば最近、なんとか経済学とかなんとか心理学を学ぶ漫画という新書に近い漫画もよく目につきますね。

 

菊池

多いです。実は去年ですね、「七つの習慣」を漫画化したやつがあって異常に売れたんですよね。

十万部クラスで売れてビジネス書クラスでそれだけ売れるのはあんまりない。

あと、「アドラー心理学」とかですね。

ビジネス書って一定の売り上げが見込めて、それを漫画化するとさらに売れるという。

今、ピケティとか。単品の企画物の漫画けって一定の需要があるんですよね。

それと広告漫画が似ていますけど、ジャンルとしてあるのではないかと。

 

鍋島

そのように漫画家として食っていく道がこれくらいあるよ。と、いうことですね。

 

菊池

こっからさらに先生(漫画教育者)なるって道もまたありますね。

 

今日のイベントの大きなテーマとして、「漫画業界に今入る意味」というのがあると思うんですけど。

実際ですね「漫画家になりたい」という人は増えているように見える事象があってですね。

現在、専門学校で漫画を教えているところ、は支店学校を計算に入れると、全国に漫画を教えるコースを持っている学校が約100校あります。一つ一つは20人から100人くらいなんですけどもね。同じく大学は22校あってですね。この専門学校100校、大学22校でマンガを勉強している現役学生が5000人位います。うち1300人が京都に集中しています。

 

鍋島

京都、多いですものねぇ。

 

菊池

そうです。京都精華大学が学部生徒で800人、大学院生徒で100人の900人を擁していて、他に専門学校、大学含めて七校あって、1300人くらいいると。

で、うちはそこでシェアハウスをやっていると。

尋常じゃないですよね、五千人も漫画勉強している人がいるとは。

 

鍋島

以前、漫画学校の教授に、ボクが「君らはこれらの生徒を全員プロ漫画家にするつもりかね?」と聞いたら、「鍋島さん、文学部を出た人が全員、小説家になるわけじゃないでしょ?音楽大学出た人が全員、プロミュージシャンになるわけじゃないでしょ?」「ただ学ばないより学んだ方が人生が豊かにするでしょ?芸術とは人生を豊かにするために学ぶものです」と言われて、なんとなく「なるほどなぁ」と思った事があります。

 

菊池

な、感じで、なんとなく志望者は増えている気がしますね。

他にもたとえばコミティアとかご存じかと思いますですが、あそこは昔はビッグサイトの一館だけだったのが、今では二館が当然になって三館にまでおよぶかという。

あれは一館で800サークルくらいですかね。要するに、来ている人は何万人もいるわけですが、マンガ描いて出している人は、サークルレベルでも普通に年に4回三千サークルとか普通にいて、やってるわけですよね。

コミティアの中村さんに「最近、京都で漫画勉強している人が千人以上いるんですよ」と言ったら、「そんなのぜんぜん少ないよ」と言われて、ゴールデン街でお教えをうけました(笑)

 

今度、角川(KADOKAWA)がシンガポールとか、漫画の学校を出してますよね。

 

菊池

マレーシアと台湾でもう始まってますね。

 

鍋島

ボクの友達の漫画家さんも今、それでシンガポールに行ってるんですけど。

ボクもいつか調布漫画学校インドネシア分校、バリ支学校、ウブト校とかヌガラ学校とか作りたいと思っているんですけど(笑)

この動きって、実は漫画を教えているわけですけど、漫画読者を増やす。

漫画にかかわっている人を増やすことで、漫画読者を増やそうとしている。

昔、「ミユキ野球教室」というテレビ番組があって、全国の少年たちにプロの野球選手が漫画を教えて野球少年を増やし、少年野球が増えて学校に野球部を増やして、野球が隆盛をみた。

そういう事をやろうとしているのだそうなんです。

だから全員がプロの野球選手にならなくても、それを生涯楽しめる。

職場で野球部作ったり、草野球やったり、プロ野球のファンになったり。

野球を学ぶ事で人生が豊かになった。

全員がプロの漫画家にならなくてもそういうことがあってもいいのかなぁ。という気がします。

昔の漫画家は漫画家になる夢がかなわなかったら、それは挫折であり、都落ちであり、時に餓死や自殺だったりしたわけですが、今は違うんじゃないかと、その人にとっては挫折かもしれないけど、それはそれで草野球で楽しめばいいんじゃないかと今は思ってますけどね、無責任のようですが。

 

 

初めてこの同人誌出してコミケで。やってみたんですけど、これプロで三十年近くやっていた身からしても、すんごく楽しいですものね。

 

 

菊池

「矢野総研」の調査によるとですね同人誌市場規模って上がってきているそうなんですが。

 

 

菊池

即売会の漫画販売と専門店の販売以外のフィギュアとかの販売を含めた同人周りのグッズを入れた数字ですね。

抱き枕とか、あれ抱き枕って知ってます?すごい過激なの?

 

鍋島

知ってますよ。抱き枕でしょ?

 

菊池

たぶん鍋島先生ご存じの抱き枕とか違うくて。

 

ボクが知っているのは漫画ゴラクが出した「ブラックエンジェル」「ザ・松田」の

抱き枕です。

はい検索してみましょう、これ。

あのザ・松田(平松伸二先生の作品で、少年ジャンプやゴラクで活躍したマッチョな男キャラ)がほぼ裸で、寝ているという、一部の人に大人気な。

(場内大爆笑)(鍋島おおはしゃぎ)

鍋島

では、今回のメインテーマであります、

「今、漫画業界に入る意味とは?」についてですが、

ずばりあるとお思いですか?

 

菊池

意味があるとかどうかというか、やりたきゃやればいいいんですが

ただアプローチは考えた方がいいですよっていうのがあります。学校で漫画学ぶのもいいし、学ばなくてもいいんですけど、長期的戦略を持った方がいいとは新人さんたちには言えます。

お笑いの若手芸人が、若手って呼ばれている人が、みんな40代になっちゃった問題というのがあるんですが漫画志望者もほんとに少年とか低年齢向けだったりとかなら若いうちの方がいいのかもしれませんが、青年誌向け以上の作品を作るのには、若い者では難しかったりします。

よく言われる話ですが。せいいっぱい書いて、一本目の連載が終わったあとにもう続けられなかったりするというのは、今、漫画作るのがいろんな意味で大変になっている。

知識もなきゃいけないし経験もなきゃいけないということが多分にある。

漫画家の理想としては、自分の経験のないものでも書けるようになることがあると思います。鍋島先生のように丹念に取材したりとか。でも、それもある程度自分を鍛えなきゃできない。

一方でコミッティアとかコミケとか練習し続ける場所はいくらでもあるから、デビューするのは後でもいいのかな。と思ったりしているんですよ。

たとえば安倍夜郎先生(「深夜食堂」など)は掲載が41歳ですね。早稲田の漫研ご出身で、大学出て20年くらいCMディレクターされて、その経験からやっぱり漫画家やりたいって思って描かれて兼業から専業になられて、ああやってヒット作を作られたりするわけじゃないですか、そういう道もあるわけですよ。

だから、昔みたいにとりあえず漫画家志望者やって三年くらいやったら、それ以降はずっと志望者だけをずっとやり続けるのではなくて、ちょっと引いて、就職しながら漫画描いていこうかなという?だからうちは入居者の居住三年なんですけど、それ以降は、一旦暮らしていける仕事についたりして、コミティアとかで漫画を描く練習を積みながら、とかいろんなそういう長期的な作戦を考えたほうがいいんじゃないかなと、思います。

ですから、意味があるかないかと言われたら、やりたかったらやる意味はあるんですよ。

最近は、メジャー週刊誌に連載する作家さんでも、27歳くらいから漫画初めた人もいたりしてですね、そういう戦い方もあるんですよ。

 

鍋島

今はそういう戦い方は多様化しましたよね。

昔の少年誌に電話して持ち込みたいんですって、言って会いに行って三十過ぎのおっさんだかったら「君、何しに来たの?」って言われたそうだものね。

 

 

菊池

先生に言われたので準備をしたんですけど、今の例で言うと、

昔の漫画家志望者でうちの入居者はまじめなひとばかりしかいなかったのですが、

これはカメントツさんといううちの入居者ですが、ツイッターでつぶやいた「鳥さし」(長崎県の伝統的な踊りでほぼ全裸で踊る珍妙な物)というネタを見ていただきたいんですが、このようにネタによっては、

Twitter上の一つの4コマ漫画で、一万五千リツーイートくらいされたりしているんです。

 

鍋島

これ、ボクの故郷のすぐそばです。

 

菊池

このリツイートがきっかけで、仕事が来たということもあったようですね。その結果、今ですねオモコロというサイトで漫画のコーナーを持ってやることになったんですよ。

要するにツイッターとかでネタをやっているうちは一銭にもなっていないんですけど、その結果、このサイトとかに呼ばれて漫画を描くようになったんですよね。

こういう方向性もあるにはあるんでしょうね。

これが食えるようになるかというと、これからまだわからないですが、多くの人にリツーイートされて多くの人に読まれる知られるというのは大事で、これもまた一応新しいプロの形なんだろうと思います。

 

 

 

菊池

でもネットも難しくて、漫画としてはこの「おじいちゃんネタ」の方が絶対に面白いんです。でも沢山の人にネットで見られているのはこっちの「鳥さし」ネタなんです。

これ、タイミングとか、どうツイートしたかとか難しいんです。

 

鍋島

いつツイートされたか、ツイートってその時かぎりで流れるものだし、本当に面白いものって意外とリツイートされないんですよね。

本当に面白いものが分かる人って実は少ないんですよ。

われわれ作家が面白いと思うものより、一般の人はもっとあっさりしたわかりやすいネタを面白いと思う傾向があると思います。

 

それはでも雑誌で描いてても一緒で、心血注いでこれは面白いと思ったもの、たとえば構想何十年、本当にやりたかった事をヒットを出したご褒美としてやらせてもらったものは、たいていコケる。

実際に大先生が思い切り振りかぶったものは他の人が読むと面白くない。

 

 

鍋島

コナンドイルが、名探偵シャーロックホームズシリーズをホームズを死なせて、終わらせて、出した中世騎士物語が全然売れなくて、もう一回ホームズを生き返らせることになったりもしてるからね。

 

 

鍋島

だから本当に面白いと思う事をやりつつ、みんなにわかることもやる。という、それはネットに限らず、作家になった以上はみんなくぐりぬけていかなきゃいけない問題だからね。

ただネットはその差が極端だとは思うね。

 

 

菊池

今はネットの方もやれないくらい忙しくて、いいきっかけにはなったようです。

だけど、やっぱり王道は作品作りで、さっき先生は今連載ないけど印税でそれなりの収入があるとおっしゃったけど、あれは、創作したかどうかなんですよね。

受注物というかその時その時に出している漫画と創作の大きな違いは、創作は後からお金になってくる可能性があるということですよね。

 

鍋島

ボクが良かったのは原作者なので、いっぺんに色んな人とやっていて作品数が多いんですよね。だからそれらが再販されたりネットで流れると少しづつお金になっていくという。

期せずしてね。

ですからトキワ荘やろうかと思ったりもするんですけど、今、持ち物件があって空家だとか、広すぎてもてあましているだとか、家賃が高くて困っているとかいう人は、菊池さんこちらに話を聞いた方がいいですよ、

今、トキワ荘プロジェクトはどんな感じです?

 

菊池

今、東京に22軒、京都に4軒、シェアハウスにしている一軒家を持っていて145部屋、8年間活動して、350人以上の人に部屋を提供してきました。

デビューの総数は今日現在で48人ですね。

結構な数の雑誌に連載しましたし、

映像化した作品もあります。アニメ化はこれからですね。

これが一番根っこの事業です。

この写真がその一つですね、この写真に写っている人たちは、月刊誌や週刊誌に連載していたり、大きな賞を取ったりしてます。

これは、中でも良い話してしまってますがこんな風に暮しながら漫画描いています。

他に、イベントとかもやってましてですね。

漫画の講習会とか、京都では出張編集部をやってますね。

40編集部くらい来るとこに300人くらいの志望者が持ち込みをしたりしています。

他にさっき話しました漫画家向けの確定申告講習会とか、

このように専門的なイベントとか講習会とかやっています。

最近は私、マンガHONZというところで漫画の書評をやってるんですけど、主催がホリエモンなんですよね。

漫画系のイベントの司会をさせてもらったり、他に、漫画家支援の研究書籍を出してまして、要はどうやったら漫画家になれるのかを研究して、研究するだけではつまらないので本にしているんですね。

こっちは(「マンガで食えない人の壁」)アマチュアがプロになるときに超える壁ってなんですか?と十三人の鍋島先生とか、すがや先生とかプロの先生に聞いています。

これも面白い本ですが、こちらの続編では(「マンガで食えない人の壁、プロがプロたる所以」)僕らが聞いちゃうと質問が一緒になっちゃうので、プロの人がプロに聞くというテーマで、編集者の堀江信彦さんと佐渡島康平さんとか、漫画家の、新條まゆさんと樹崎さんとかに聞くとか、etc・・・)対談してもらっている。

痺れるのは上條淳士先生の言葉で「壁の中で一番低い楽な壁はデビューするという壁です。

その壁はとっとと越えてください」

と、超えた向こうから言うわけですよ。

他に言うと、

「マンガでメシを食っていく! 漫画のキャリアプラン

とかもあります。

まぁ、このように本を作ったり、しています。

 

各誌の編集長さんから話を聞いてサイトで連載しているんです。

最近では「ビーム」や、IKKIの後継誌の

「ヒバナ」の編集長インタビューもやっています。

 

で告知ですが、先日、京都で「デジタル戦略講座」というのをやりまして、comicoとamazonのKDPの方に来ていただいて、地方の作家さんが東京に来なくてもデジタルを使えばやっていけるんじゃないの?というテーマのシンポジウムやりました。これとてもうけたんです。すぐ満席になって参加者の二割くらいは京都に7校ある、マンガを教えている学校の先生たちがきました。

プロの作家さんとか。非常に評判がよかったのでデジタル時代の作家がどうしていくんだ。と、あと作家だけでやってもあれなので、今、こういうところに関係するもちろん新人漫画家がいて、編集者さんたち、漫画の教育機関の方々と、漫画ビジネスに参入してきているIT企業の方たちがたくさんいるんですよね。

そういう人たちとか関係の人たちを呼んでそういうシンポジュウム的な物を開いていこうと思っています。

アメリカにはゲームデペロッパメンズカンファレンスという会議がありまして、去年ボクは行ってきたんですよね、これ何かというと、今、日本で一番大きいイベントは、同人抜くとアニメジャパンというイベントで10万人集まるんです。コミケは50万人で別格なんででおいといて。

ゲーム業界ではアメリカで、E3という十万人、二十万人来るすごいイベントがあって、それはファン向けでやるんですよ。

新しいゲームはこんなんですよ。とか。

一方でGDCというデベロッパー、つまり作り手側の人たちのイベントなんですよね。

30年くらい前に任天堂がアメリカに進出した頃に、アタリってアメリカにあったゲームメーカーが苦境に陥ったんです。もうアメリカのゲームなんかぜんぜん売れなくなっちゃって、やばいんじゃないか、と思った人たちが最初は12人のサードパティーから始まって、それから30年、ひたすら作り手の人たちが集まって会議するというカンファレンス。

今では、もう二万人のプロが世界中から集まって、やる内容は、ゲームのストーリーの作り方、ゲームのプログラミングの仕方、どうやって売るのか、それと、性表現、暴力表現をどうするのかなど。そういうような事をここで一週間かけて200くらいの会議とかセミナー、展示などをしたり、エンジニアの人たちが、どこに行って働くかというそういうリクルーティングをしているんです。

これって、今の漫画業界に同じように関係者横断して集まる場は存在しないですね。

さっきちょっと言いましたけど、二十年くらい前の漫画業界はうまく行ってたんで、別にいらないですよ、そんなものは、うまく行ってる時は。

でも、かなり変わらなきゃいけない時代だから、みんなで話をしなきゃいけないし、こういうものを作らなきゃいけないだろうと思うのですね。そこで、マンガデベロッパーズカンファレンス(MDC)。というのを前からやりたいなと思っていて、京都でさっき言ったイベントをやったのも、デジタルシフト、デジタルが浸透していくにあたってそういったものが必要であろうと、思って、やってみたらやっぱり受けたんで、今後ちょっと、MDCというのをやってみようとですね、今、徐々に色んな会社さんに協力を、要請したり、作家さんにもこれから話していこうとしていまして、先生にももちろんよろしくお願いします。

これがGDCの写真ですけど、インディーズの表彰式の絵なのですが、これつまりゲーム業界全体の新人賞なんですよ。

ここで賞とったり人気あると新人のゲームが凄く沢山売れるんですよ。

それで大手の企業にスカウトされたり、

自分の会社を立ち上げたりするのですね。

 

鍋島

なぁるほどですね。

 

菊池

今、漫画の業界でちょっと難しいなと思っているんが、こういう総合新人賞みたいなのがないんですよね。

各雑誌とか、あるんですけど全体を見て、この人がいい、っていうのを売れている漫画ではなくて新人でやるってのは重要かなと思ってて、そういういのできたらいいなぁと。

デジタルをテーマにイベントやったり、出張編集部的な物もひっくるめて、やってみたいなぁとやってみたいなぁと思っています。

外向けで発信したのは今日が初めてなんですけどね。

ご縁があればぜひ、ご協力、ご参加お願いします。

 

鍋島

以上、菊池健さんでした。

今日は有意義なお話をありがとうございました!

 

(会場、万雷の拍手。)

 

 

出版不況の「今、漫画業界に入る意味」はあるのか!?ものすごい問題提起だと思います。そして逃げずに正面から答えます!

「調布漫画学校スペシャルトークイベント」

 

『今、漫画業界に入る意味』

 

今回、このトークイベントを行うにあたって調布漫画学校の理事長がボクにふったお題がこれです。

『今、漫画業界に入る意味』

 

恐ろしいタイトルです。

彼女は何気なくつけたタイトルなんでしょうが見たときにボクはびっくりしてしまいました。

のど元に刃をつきつけられた思いがしました。

ボクはこれまでいろんな大学や専門学校で漫画を教える講義をしてきて、今「調布漫画学校」という、漫画の学校をやっているわけですが、そのたびに心のどこかに、教えているこの人たちは今後みんなが漫画家や原作者になってデビューできるわけでも、一生食べていける。とうわけでない。という意識がありました。

 

ボクが教えてもらった「小池一夫劇画村塾」は一期の塾生二十人中、二三人がデビューするという、そしてその中でもヒットメーカーを何人も出るという高確率の名門中の名門なわけですが、それはまだ漫画業界が豊かであった時代であり、正直、この先、出版不況で漫画業界も先細りになっていく可能性が高い、先行きが見えない今、2015年現在においてですね、皆さんを漫画業界に誘うという事はですね、ひょっとすると「ハメルーンの笛吹き男」のようにみなさんを穴の暗闇の中に誘っているのではないか?という思い。

宮崎駿アニメ「風立ちぬ」の主人公のように、仕舞いには夕焼け空を見ながら「一機も帰ってきませんでしたけどね」と言うんじゃないかと思ってですね。(場内爆笑)

まぁ分かる人には分かるんですが、お前が作った零戦でみんな若者が特攻して死んでいるのに、なんだその言いぐさは!と観客がみな、つっこんだシーンですね。

まぁ、将来、そのような思いに至るのではないかという恐怖と罪悪感にさいなまれてもいたわけです。

 

この『今、漫画業界に入る意味』

このタイトルはまさしくそんなボクの罪悪感をえぐり、この「調布漫画学校」の存在意義さえ問うています。

オープニングイベントに、その本体の意義を問うとは、なんちゅう事だと。

思ったわけでありますが、さてしかし、それならばその意味を自分なりに問い直してみようと、こう考えたわけです。

なんとなく感じていた不安感や罪悪感と正面から向き合ってみようと思ったのです。

(それでも、これまで、ボクは毎回。漫画の技術、物語の作り方を教えるとともに、受講者さんたちに、漫画の技術以外にも何かのおみやげを持って帰ってもらおうと思っていました。それはまず楽しい。講義に出て、まず楽しんで「おもしろかった」と思って帰ってもらおうと。次に目指すのは、そこで得た事、視点でもって、物語作品を少し深読みして、受講前よりももっと深く楽しめるようになって帰ってもらおう。と。そしてもう一つは、ここで学んだ方法で、作家修業をすることで、明るく生きられるようになったり、鬱から抜け出るきっかけになったり、少し世界が広がってほしい。と思っていました。物語を読み解く、語る。作る、書く。という作業にはそういう効能がある。とボクは信じているんです。それらの事を学んで帰ってもらったら、たとえ受講者さん全員が作家になれなくても、ボクの講義を学んでもらう意義は、あると思っています。)

 

さりとて、皆さんは現時点で作家を目指していらっしゃるのですから、そういう精神修養的なものを求めてはいらっしゃらないわけで、それはあくまで副産物であるわけです。

でも、そうこうしているうちに、ここ十年、あらゆる紙雑誌がバタバタと無くなり、ますます将来に不安を感じて、漫画業界もうダメかも。と思ってきたのですが、ここ二三年は、ちょっと待てよ。

ひょっとしたら、そう悲観的な要因ばかりでもないかもしれない。と、思い始めるようになりました。

ひょっとして考え方と戦略次第で、希望も、もてるのではないかと。

それをこれから申し上げたいと思います。

さ、問題のこのタイトルです。

 

図・1

 

「今、漫画業界に入る意味」

実は、ボクはこれと同じような質問をこれまで、いろんな漫画を教えている先生たちに投げかけてみたんですよ。

ボクは小池先生や先の先輩たちから分けていただいた技術や、それをベースに30年間、自分が磨いてきた物を次の世代に引き継がなくてはならないという義務感を持っています。

でないと、手塚先生初めこの道を開拓し、発展させてこられた先達に死んでから天国で、何をやっていたんだと怒られそうな気がするんです。

ですから是非とも伝える、教えるような事をしていきたいんですけれど、それと同時に、先にのべたような敗戦に若者を焚きつけて送り込んでいるような思いもあるんです。

今、学校で漫画を教えている先生方は、その事については、どういった思いで教えていらっしゃるんですか?と、お尋ねしたんです。

何人もに。

 

正直、多くの先生が言葉に詰まって答えられなかったり、ご自分の生活のためだから。と正直におっしゃった方もいらっしゃったんですけど、お一人、ボクも、ああなるほどなぁ。という答えをくださった方がいらっしゃいました。

その答えは「鍋島さん、美術学校を出た何割の人間が絵の仕事で食べていると思います?音楽大学を出て何割の人間が音楽で食べていると思います。

文学部を出た人間の何人が小説家になれますか?

しかし絵が描ける。演奏できる。文学が理解できる。と言うことは確実に人生を豊かにします。芸術系の大学とはみんなそんな物です。

技術的に役だったり具体的にお金になったりする理系とは違いますが、文学系学問だって人を豊かに幸せにする立派な学問ですし技術です。学ぶことは無駄な事ではありません」

と、言われました。

確かにそうだと思います。

漫画を描けないよりも、漫画を描ける人生の方がずっと楽しいのは間違いありません。

それは「なぜ、今漫画を学ぶのか」についての、立派な見識だと思います

とても感心いたしました。

その先生の事をボクはとても尊敬いたしております。

 

ですが、その上で思考をさらに重ね、ボクはボクなりの「今、漫画業界に入る意味」をここで述べたいと思います。

 

とりあえず、始めましょうか。

 

 

今日も次々に漫画雑誌が廃刊になる。雑誌も売れなきゃ単行本も売れない。大きな声で言う事じゃないですけどね。事実です。

少年誌が売れない。ワンピースやコナンなど人気ある一部作品は未だに大ヒットしているけど、それを掲載する少年ジャンプや少年サンデーなどの雑誌の部数につながっていない。どんどん落ちている。というこれまでの常識では考えられない状態になっている。

 

オヤジ雑誌が売れない。数年前間までは、漫画ゴラクなどオヤジ向け雑誌は出版不況において部数を下げてはいたものの、有るところから下げ止まりして、それなりの安定した部数が出ていました。

その理由は、子供の頃に漫画をよく読んだオヤジたちは漫画を読む習慣が定着していて、スマホタブレットPCも使い方よく分からないし、紙の漫画雑誌に居座るんだなと、言われていたんですが、しかし、最近になってきてこのオヤジ向け雑誌でさえも部数を落としはじめ、名門の「漫画サンデー」や「別冊漫画ゴラク」も休刊になってしまいました。

つまり、これは全世代的に漫画離れが著しくなっているぞ。という風潮になっています。

では、そんな中で果たして「漫画技術を学ぶ意味はあるのか?」「漫画業界に入る意味はあるのか?」

そういう深刻で核心的な疑問が理事長からボクに投げかけられたのです。

しかし、それは漫画業界を目指すすべての人が今、一番、知りたがってる問題でもあるのです。

さて、その事を正面から述べてみましょう。

 

では。

「今、漫画スキルを学ぶ意味はあるのか?!」

ドラムロール。

 

答えは「ある!」です。

(会場、どよめき)おおおっ~

てか、ここで無いと言ったら話が終わっちゃうわけで

(会場、爆笑)

力強く言い切ってしまいます!

「ある!」「なぜなら・・・・・・」

 

「ウェブ社会だから!」

 

図・3

 

会場「えええええ???」

 

と、言えば皆さんは驚かれると思います。

だって今漫画業界がこんなに下火になっているその原因がウェブ社会になったからだと言われているからです。

十年前まで、都会の電車の中は漫画雑誌を読んでいる人ばかりでした。病院の待合室、床屋ではみんな雑誌や漫画や文庫本を読んでいました。

ところが今はそのような人はほとんど見かけなくなり、それらの場所ではみんな携帯電話かスマホをいじっています。

ゲームかSNSをやっているんです。

これは人々の可処分所得と可処分時間が漫画からそれらのウェブコンテンツに移ったということであり、スマホの普及により、漫画はこれら新しいウェブの楽しみ「SNS」や「ゲーム」に駆逐されたのです。

ですからボクが「漫画スキルを学ぶ意味」が「ウェブ社会だから」だと言えば、何か逆説的な事を言っているように感じてしまうでしょうが、そうではありません。

 

もう一度言います「ウェブ社会だからこそ、漫画スキルを身につける意味があるのです」

さて、それを説明する前に、これまでの漫画業界、漫画をめぐる社会はどのような物だったかと総括したいと思います。

これまで漫画家さんという人々は漫画ピラミッドの頂点でした。

 

図・4

 

このピラミッドの底辺。

あえて底辺と言いますが、底辺は漫画家志望者でありました。

まだ持ち込んでいない人のその上に雑誌に持ち込みを続けている志望者がおり、その上に一応、編集部で担当編集者がついている志望者がいます。

これらをひっくるめて「漫画家志望者」という底辺があり、その上に、実力が認められたり、賞を受賞したりして、雑誌に作品が掲載されてめでたくデビューを果たした人々がいます。

ここまでがアマチュア域であり、これから上がプロ域になります。

 

プロ域というのは雑誌に連載を持っているかどうかです。

連載作家かどうかという違いです。

これまでの雑誌で連載を持てば、掲載のたびに原稿料が支払われ、単行本が出れば印税が支払われて、プロとして漫画で飯が食える。と言うことになるのがこれまでの常でした。

まぁ連載になると制作コストという支出も増えるので収入とのバランスの問題になり、いわゆる連載貧乏になる可能性もありますが、とりあえず食えるようになる。家族を養える。というのが常態だったわけです。

 

このプロとアマの壁はとても大きく、プロで何年たっても、突然この壁の下側に来る事もあります。漫画家を続けるという事は、実のこの壁をいったりきたりするという事と等しいと思ってください。

さてその連載作家でも人気がなかったり、単行本が売れなかったりして、瀬戸際の難しい立ち位置にいる人もいれば何十年も安定して連載を継続している漫画さんもおり、その連載継続漫画家の中でも、単行本が売れている作家を「売れっ子」作家と位置づけると、この域にたどりつける人はほんの一部なのです。そして、この域は、超大金持ちもあり得ます

それらの人はポルシェに乗ったり、大豪邸に住めたりするわけです。

ちなみに、ボクはかつて頂上に近い域にいて、現在はこのピラミッドの底辺にいます。(笑)

 

ではこのプロ域にたどりつけなかった人、なったけど滑り落ちてしまってもう一度戻れなかった人はどうなったかというと、当然の事ながら、漫画家への道を諦めて、他の職業につくしかないわけです。

田舎に帰って家業を継ぐか、やたら絵の上手い漁師や、工員、販売員になるか。するわけです。

 

もしくは夢を諦めきれず、持ち込みを続けて、相手にされないまま。

漫画以外の何もできずに、やがて餓死するとか、自殺するとかね。昔はそういう人が多かったんですよ、本当に。

ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげる先生はとても長生きでいらっしゃいますが(当時、ご存命でした。心からご冥福をお祈りします)漫画家の訃報を聞く度に「餓死ですか?」とお聞きになるそうです。

これまでの漫画界の繁栄の足下にはそういう漫画志望者、売れない漫画家の屍が累々と横たわっているわけです。

彼らは、人生を漫画という博打にかけたわけです。

 

ところがウェブ社会にはこのピラミッドがない!

これはウェブ社会にあまり詳しくないボクから見て、紙の雑誌媒体に比べると、という前置きがありますが、そこのところの実際は後に菊池さんが詳しく教えてくれると思います。

さて、そのボクからすると、ウェブ社会は誰でもデビューはできる。紙雑誌界のようにデビューや連載を勝ち取るためのる階段やピラミッド、椅子取りゲームはなく、ベテランもアマチュアも平坦で越えなければならない壁がない。

かわりに、アクセス数やダウンロード数が命なのであろうと思うわけです。

そこにはクラス、階級と言う意識もないだろうしピラミッドは成り立たない。

 

図・5

 

結果として、そこで得られる収入で生活の豊かさの格差はあるでしょうけど、それは漫画家としてのヒエラルキーではない。

やろうと思えば誰でもすぐに参入が可能な社会なのだという事です。

これは、そのまま同人業界に入れ替えても通用する話です。

同様に、これから漫画家さんや志望者が生きていく上で、そっちの可能性もあるわけです。同人活動で収入を得る。という事も他に個人販売という道もあります。つまりはこういう事になります。

 

図・6

 

 

ということで、これまでは雑誌山という山が幾つか、少ししかなかった。

その山の頂点に立つのは容易ではなかった。

それでも少年誌からオヤジ誌まで上る山が幾つもある時代は良かったけれど、今はどんどんその山も数が減っている。

しかし、その代わりに無数のウェブ山ができてきた。

ウェブ山は低い山もあれば高い山もあるけれどとりあえず誰でも登山は可能である。

その他にも、ネットの発達により「キンドル」や「note」のような個人販売山というのも出てきたし、これまであった同人山。といのもウェブの発達で、ネット販売やSNSでの広告活動というのも可能になってきた。

そしてその他、漫画ではないメディアで漫画家志望者や漫画家が生きていくお金をもらえる。という道もできてきたように思えます。

これはいわゆるユーチューバーになって稼ぐとか、ニコニコ動画のニコ主になって、自分の漫画をアップするとか、漫画評論とか色んな事を語ってお金をもらう。というやり方ですね。末はテレビやラジオにコメンテーターなどで出る。という事もあり得ますし、実際にすでに、やくみつるさんとかいしかわじゅん先生とか、内田春菊さんとか、峰なゆかさんですとか、いらっしゃるわけです。

漫画ではなくアニメでも、一人でアニメ作って人気を得た鉄拳さんとか、一人でCGアニメ『ほしのこえ』作ってしまった新海誠さんとかいるわけです。今や、そういう事もできるツールがあるのです。

 

昔は、雑誌山、だけしかなくて、とりあえずエントリーするのに雑誌編集部に電話をかけて、たまたま受話器を取った編集者が無能であったり意地悪であったり、自分とセンスがあわなかったりすると、それだけで山に登れなかった。道はとざれていた。

中には才能が開かないばかりか、つぶされてしまう事もままあったわけです。

今は、こんなに山があってどの山にもエントリーが可能なわけです。

これはウェブ社会だからこそですよ。

そういう意味では、僕らの時代よりも、今の時代の志望者さんの方が、はるかに恵まれていて、古い時代の僕らは羨ましいと思います。

たとえ、作品の売り上げから入るお金が少なかった。それだけで食っていけないので他に八百屋でもコンビニでも働きながら、ずっとウェブで作品を発信しつづけていけばいいではないか。

そういう新しい兼業作家の道、死ぬまで作家である事のできる道もあるのではないか。

もうそこにはプロとアマの壁など無意味なのではないかと思うわけです。

なので、ボクはこう思うのです。

 

今や漫画家、作家は「職業」ではなく「生き方」なのではありますまいか。

 

図・7

そこでその具体的なビジネス例なのですが、この図7のように、幾つか考えらます。

 

まずは、これまでどおりの雑誌山のヒエラルキーを上り売れっ子になる戦略。

実は、ボクはまだ紙の雑誌も捨てたものではないと思っています。

これからは色々と淘汰されて、利益分配とか経費、人件費とか見直して、変わってウェブと連動したりしながらビジネスプランが変わっていくのではないでしょうか?

以前のような600万部とかいう時代はもう来ないにしても、もっと少部数でも立派に商売として成り立つおもしろい雑誌が出てくるのではないかと、大出版社はまだそのやり方ができていないだけなのではないかと思っています。

その意味では漫画家さんだけではなく、今、出版業、編集者を目指すというのも逆に将来性があるのかもしれません。

次に、ウェブでデビューして、注目を集め、紙媒体へ移行する。もしくは紙の単行本を出す。という戦略。

または、あくまでもウェブ単体で稼ぐ戦略。

同人誌で稼ぐ戦略。

ウェブで売って、同人で売って、出版社に持ち込んでゆくゆくは自分でアニメとか映像とかゲームにも持ち込むという戦略。

一粒で二度三度美味しいという戦略。

主なる生計は他で立てて、ひたすら好きな作品を描いて発表する戦略。

もう、趣味でいいじゃないの。どこが悪いの。って話ですね。

漫画家以外の表現でも稼ぐ戦略。

ユーチューバーとかコメンテーターとか芸人とか、漫画教師とかですね。

 

さて、ここでこのイベントのタイトルをもう一度、思い出してみましょう。

「今、漫画業界に入る意味」でしたね。

「あります!」「それは今がウェブ社会だからです」というのが、私が出した答えの一つです。

 

そしてそれをふまえまして、「今、漫画業界に入る意味」

これは「今、漫画スキルを学ぶ意味」でもありますね。

でももう一度、お答えしましょう。

「今、漫画スキルと学ぶ意味はあるのか?」

もう一つ出した答えがコレです。

ドラムロール

 

「あります!」

「それは漫画スキルが、万能スキルだからです」

 

図・8

 

このように、漫画家が二足三足の草鞋を履くことはよくあることで、

ざっと思いつくままにあげただけでも、漫画評論家、漫画原作者、漫画教師、テレビ・ラジオのコメンテーター、俳優、タレント、映画監督、映像の脚本家、イラストレーター、小説家、ニコ生主、ユーチューバー。

と、あらゆる仕事を掛け持ちで、また副業でされている方々はたくさんおります。

もちろんそれぞれの個人の才能や向き不向きは当然ありますが、漫画家はある意味万能選手であると言えるのではないでしょうか。

特にいしかわじゅん先生はぬきんでていますね(笑)五足の草鞋を履いていらっしゃいます。何本足があるんでしょう、みんな小足でしょうけど。

(わかりにくいが漫画にはキャラの足の大きさで大足派と小足派という分類があり、いしかわ先生は小足派の代表と言われていた頃があったのだよ)

すごくマルチな才能を発揮されていて、いしかわじゅん先生が多才でいらっしゃるのは疑いようがないか。

はたして何足も草鞋が履ける原因は、それだけだろうか?

 

漫画家というのは実は多才でその才能やスキルは、あらゆる分野に汎用性があるのではないか?

メディアからすると使い勝手がいいのではないか?

と思うに至ったのだ。

では、その漫画家の持つ、漫画スキルとは何か?

漫画家を漫画家たらしめているスキルは何なのか、分析してみますと、まずこのようになります。

 

図・9

 

  • 漫画家さんは絵が描ける。これは漫画家さんにとって絵が描けるのはあたり前の事なので見逃されがちですが、すごい事なのです。

では、ここで絵で説明してみましょう。とか、その時の風景はこんな風です。とか、その人はこんな人です。と絵を描けるといのは、受け手にとって言葉だけよりも何倍も、何十倍も強く伝えることができるのです。

そしてその絵で

②コマが割れる。ということはキャラを動かせるし動画も作れるという事なのです。

③話が作れる。物語が作れるというのも大きな武器です。歴史も政治もビジネスもあらゆる商品もつまるところは物語ですから、物語る事ができる。というのは大きな武器です。

④キャラが作れる。

というのもすごい事なんです。企業とか自治体とか商品とかに今や「キャラクター」は欠かせません。

そんな相手に、いいキャラを作ることができたらそれだけでも大きなビジネススキルです。

⑤テーマを持っている事。

作家ならではの主観、見解を持っているということもコメンテーターやコラムニストにおいても欠かせない条件です。

⑥取材できること。

これは取材できる漫画家さんは、という事ですが漫画家さんの中でも最近は取材が命、すごく取材能力の高い漫画家さんもいますから、こういう人は人には掴めないネタを掴むことができるわけです。

⑦取材したネタをアイディアに変えることができる。

それをどうしたら上手に読者や視聴者に伝える事ができるか、それを考え工夫してアイディアにすることができます。

⑧それをわかりやすく表現できます。

これが、漫画家を漫画家たらしめているスキルです。

 

そして、ここが大事な所ですが、我が「調布漫画学校」では、この③から⑧までをお教えしております!

という事は!③から⑧を我が「調布漫画学校」で学び、①から②までは自前で努力していただくか、他の漫画の学校に通うか、アシスタントに行くか、していただいて身につける事ができたら、貴方は万能スキルである漫画スキルを身につける事ができる!という事なのです。

この③から⑧までを、ちゃんとメソッドとしてお教えしているのは、世界広しと言えど、調布では「調布漫画学校」だけです。(笑)ので、ぜひとも我が校にいらしてください。

 

さて、この漫画スキル!マルチスキルであるとともに、実はこれからのメディアの主流にすでになりつつある、ウェブ。漫画の敵と言われたウェブにも実は親和性が高い物なのです。

 

図・10

 

ボクは「築地魚河岸三代目」とか「浅草人」のようなグルメ漫画の原作も描いているのでウェブの人たち、特に美味しい物を紹介しているようなサイトをやっている人たちにアドバイスを求められたりするのですが、漫画原作を考える要領で、美味しい料理や素材のストーリーを考えたり、キャラ立てを考えたりすると、とても感心されるんですね。

 

なるほど、漫画原作者さんというのはそういう風に考えるんですか、ウェブ系のプログラマーさんとかライターさんとかとは違う発想ですね。

確かにわかりやすくて感動して美味しそうです。とその時、ふと思ったんです。これで絵が描けたり写真が撮れたりしたらウェブでもやれるんじゃないか?と。漫画家さんならなお最強じゃん。と、

実際に、田中圭一さんなど「鬱ぬけ」とか「ペンと箸」とか、ウェブルポ漫画を上手にやられていますし、この後に登壇していただく「トキワ荘プロジェクト」から出てきた、仮面トツさんとかもツイッターのつぶやきから火がついてウェブ漫画の第一世代として「オモコロ」というウェブでルポ漫画を連載されています。

こらからはそのようにウェブ記事の描き手として活躍する漫画家さんたちはいっぱい出てくると思います。

 

しかし、そんな万能選手である漫画家さんにも、問題はあります。

こういう漫画家さんは、どんなに万能漫画スキルを持っていたとしても、ウェブ社会では生き残っていけないのではないかと思います。

 

図・11

これは漫画家だけでなく社会人としてもすでにダメなのではというご意見もあるでしょうが(会場爆笑)

しかし、おうおうにして漫画家さんや漫画志望者の人たちと言うのは、こういう側面もあるのだよ。

ボクも含めて、漫画作家にしかなりようがなかった。とう人もいっぱいいるのだ。それが作家というものだ。

ボクもほとんどこの条件にひっかかる。

 

でも、ここにあげたように、完璧にこれらをこなす事のできている漫画家の先生がたもにまたいるのだ。

じゃあ、できない人はどうするのか?という問題だけど、ボクはこうなっていけばいいなぁと思うんだ。

 

図・12

 

このような「新しい形の漫画編集者」が出てくるといいなぁ。と思うのだ。

そしてきっと出てくると期待している。

その意味でも編集者や編集志望者も漫画スキルと学ぶ意味はあると思うんだよ。

また、漫画学校などを出て、残念ながら漫画家にはなれなかった人たちも、この「新しい漫画編集者」「漫画プロデューサー」を目指してみるのも、ボクはとても良いことだと思う。

そういう人たちの登場、をこれからの漫画界は、強く求めているね。

そういう面でも、斜陽と言われている出版業界、漫画業界に、あえて今から入っておく意味はあると思うね。

例えば版元に入ったとしても本人が何を目的としてそこで何を身につけるか、そこで何ができるのか次第でいくらでも道は開けるし、出版社のできる事はまだまだあるとボクは思う。

 

さて、そろそろ、総括だ。

「今、漫画業界に入る意味とは!」「漫画を学ぶ意味とは!」

 

図・13

 

では、みんなで、復唱しよう!さぁ!

鍋島校長に一生ついていきます!さぁ!はい!

 

場内「ぜったい、いやだ!」爆笑。

 

第二部.

図・14

 

ヤクザの種類とシノギの関係。

最近、山口組の分裂騒動が世間で取りざたされているけれど。

ヤクザにも、いろんな種類がいて、お祭りの時に店を出したりゲームをやらせる的屋(てきや)香具師(やし)などから発展した神農系。

さらにゲームから発展して博打をやらせる博徒系。

ビジネス(シノギ)はさらにさらに発展し、自ら、興業を打ったり、いわば労働組合などをまとめたり、飲食業からミカジメやおしぼり代、花代をとったり。

土木工事事業を請け負ったり。

これの元が、清水の次郎長。博徒同士の抗争を経て後には山林開墾や清水港の近代化、海運業、英語教育などの事業を興した。

そのきっかけが、榎本武揚ひきいる咸臨丸が清水港で官軍と抗戦し乗組員全員が戦死。その遺体が逆賊として放置されていたのを、独断で回収、弔った。

これを見とがめた官軍に対して「死んでしまえば、みんな仏でございます。」

と、大見得を切ってみせたのが、後の静岡藩大参事、山岡鉄舟に気に入られ、榎本武揚にも感謝された事。は有名である。

有名であるが、最近はヤクザを主人公にしたり美化した物語はなかなかないのでお若い人には名前も知らない。という人もいるかもしれない。

この人がヤクザが大規模な事業を行う走りであり、後に、記事にある山口組もこの例にならう。

三代目、田岡一夫が先代の神戸卸売り市場の運送業、沖仲士たちの組合、口入れ、浪曲興業から始まって、どの事業も、他の事業もどんどん発展させていって、芸能においては、美空ひばり田端義夫などの興業も打つようになった。

現在もその影響下にある有名芸能事務所もある。

さらに多角経営化して、記事の現在にいたる。

他に、服役軍人、不良少年からなる、恐喝ミカジメ、飲食店営業、麻薬拳銃売買を主なるシノギとする愚連隊系もヤクザに加わる。

後に俳優となる安藤組組長、安藤昇が有名で、後にも先もヤクザの組長が引退して人気俳優になったのはこの人くらいじゃないかしらん。

現在の関東連合、ドラゴンなどのハングレもこの部類かもしれない。

さてボクの育った町のとあるヤクザの親分は「金筋」だった。

つまり自らはビジネスをせずに、仲裁、仲介、が仕事。

娘が悪いチンピラに食い物にされていると親から泣きつかれたら、行ってこれを取り返し、世間体と後々を考えて良縁との縁組みまで面倒を見る。

暖簾分けした店員が近くで開店し、本店を脅かすとなるとその間に入って利益配分を取り決める。不良息子が生業につこうとしないと言う相談には、かっさらって無理矢理、手元で行儀見習いをさせて、真人間にし仕事も斡旋する。

と、いう具合。

いつも着流しで十人くらいしか若い衆がいない。

背筋のピンと伸びたおじいちゃんで格好良かった。

彼はヤクザ自身がビジネスをする事を嫌っていた。

なぜなら「しがらみが出来ては公平、平等が保てないから」

子供心になるほど。と思った物だ。

ヤクザの組同士の抗争の仲介人、使者、仲直りの儀式である杯事の司祭(媒酌人?)のような事もやっていた。これは独特の作法のもので、映画「継承杯」の緒方拳の演技に詳しい。この映画ヤクザ物ではなくコメディでけっこう面白い。

興味有る方はどうぞ。

そのおじいちゃん組長は時々、お小遣いをくれたりご飯やお菓子をくれたりもして子供に人気があったし、地域では恐れられずに尊敬され、敬愛されていたのだが、「ヤクザにだけはなっちゃいけない」と子供たちには言っていた。

憧れていたので、どうしてだかは聞いても答えてはくれなかった。

「ヤクザはどんなヤクザも所詮ヤクザ、親不孝だ」としか。

大人になったらその意味は分かった。

種類やシノギは、様々でも、どんなヤクザも、結局は暴力が背景にある。

どのビジネスにしても、他のカタギの事業主よりもうまくいきやすいのは、そのバックに組織暴力があって、組織独自の論理や発展のためなら「殺す事も、死ぬ事も、刑務所に入る事も辞さない」という背景あっての事だからだ。

そして組織の論理は、どんな個人的な権利や主張も許さない。

命令は絶対である。抗争となったら鉄砲玉にならなければならない。

「ヤクザはどんなヤクザも所詮ヤクザ、親不孝だ」

大昔から現在におけるまで、ヤクザは絶えた事はないが、いつの世にもあってはならない存在。なのである。

けしてはびこらせてはいけない。

許してはいけない。

なってはいけない。のだ。

「ルパン三世」にまつわる思い出。ちょっといい話。

ルパン三世」にまつわる思い出。ちょっといい話。

「ハードボイルドで大人っぽいテイストにしよう」

http://animeanime.jp/article/2015/09/30/25110.html

いいですねぇ。

大いに期待しましょう。

昔、漫画アクション編集部に依頼されて、

ルパン三世Y」の中の一話、

「盗まれたルパン」を書いたときに、

編集さんから聞いた話ですが、

モンキーパンチ御大がボクの脚本をとても気に入られて、

それは「これはボクのルパン」だという事でした。

実は、ボク子供の頃、貸本屋で借りる

「原典 ルパン三世」の大ファンだったのです。

むろんテレビシリーズもファーストシリーズが好き。

しかし僕らの若い世代でも原典を知るものはすでに少なく

「ぜひ、ルパンの脚本を書きたい!」

と、言ってくる脚本家のほとんどが

カリオストロの城」テイストなのだとか。

そこをボクの脚本を見て

「これはボクの(原典に近い)ルパン」だと

言ってくださったのが望外の喜びでした。

そのせいか当時のルパンには脚本はクレジットされないのが

通例だったのですがボクが書いた回だけは雑誌掲載時にも

単行本でも「脚本 鍋島雅治」となっており、

これもボクの自慢の一つです。

とても嬉しい(おそらく)当時の編集部のご配慮でした。